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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)10039号 判決

原告

平芳宏

右訴訟代理人

阿形旨通

外三名

被告

永和鋼業株式会社

右代表者

辻武次

右訴訟代理人

相馬達雄

外一名

主文

当裁判所が昭和四六年(手ワ)第一四一九号、第一四二八号、第一四二九号各約束手形金請求事件について昭和四七年二月九日に言渡した各手形判決をいずれも取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原被告双方の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し金一八〇万円およびこれに対する昭和四七年一月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行の宣言

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一、原告は未尾目録表示のとおりの記載がある約束手形三通を所持している。

二、被告は右各手形を提出した。

三、よつて原告は被告に対し右各手形金およびこれらに対する昭和四七年一月一七日付原告準備書面送達の日の翌日である同月二一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する被告の答弁

認める。

第四  抗弁

一、人的抗弁

1  被告は昭和四六年五月頃寺内修から同人が建築する大阪市東住吉区瓜破東之町一四五五番地の一地上の木造瓦葺二階建共同住宅(床面積一階120.34平方メートル、二階104.93平方メートル)、同共同住宅(床面積一、二階とも40.33平方メートル)の計二棟を借地権とともに代金九〇〇万円、引渡期日同年七月末日の約定で買受けることとし、同年六月二〇日同人が収得予定の敷金二〇〇万円をも被告が収得することとして右代金を金一、一〇〇万円とし、右代金支払のため寺内に対し本件各手形を含めて合計一九通の約束手形を振出し交付した。うち本件(1)の手形については同年五月一七日、(2)の手形については同年六月二〇日、(3)の手形については同月二五日、いずれも受取人、振出日各欄白地のまま振出した。

2  寺内は右期日に至つても被告に対し右建物引渡をなさず、同年七月三〇日頃吉川孝四郎にこれを売却し、同年八月末日同人に保存登記をした。

3  よつて被告は寺内との間の売買契約につき同人の債務が履行不能となつたのでその頃右契約を解除した。

二、善意取得

1  寺内は本件各手形を含む被告振出の約束手形合計金四五〇万円を原告の父平銀成に交付して取引の斡旋を依頼したのであるが、うち本件(1)(2)の各手形については同人から他で割引をする必要上、岩崎広二の裏書を求められたので、同人の裏書を求めたところ、同人においてまず平銀成の裏書を求めたため、同人に裏書をさせたうえ岩崎の裏書を得たうえこれを平銀成に交付し、(3)の手形については寺内において一旦宮地助三郎に裏書譲渡して割引を依頼したが、同人が割引くことができなかつたので同人から返還を受けたうえ割引のため平銀成に交付した。

2  平銀成は本件各手形を宮本昭男に譲渡してこれを割引き、日歩二銭の割合による手数料を取得し、右割引金を寺内に交付した。

3  平銀成は前記共同住宅が寺内から被告に売却されていることを知りながら前記のとおり寺内がこれを吉川に二重売却するについてその斡旋をして金一〇〇万円の斡旋料を取得した。

4  平銀成は宮本が本件各手形をその満期に呈示して不渡となることは同人に対し不信行為となるのでこれを満期前に受戻すこととし、自己振出の約束手形と交換し長男である原告の名義を以てこれらを受戻した。

5  以上、平銀成は寺内の被告との間の契約の債務不履行に加功したものであるから、被告に対し本件手形上の権利を行使できず、原告は平銀成からその事情を知つて右各手形を取得したものであるから、被告は原告に対しても右手形上の債務を負担しない。

第五  抗弁に対する原告の答弁〈以下略〉

第六  証拠関係〈略〉

理由

一請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二抗弁について判断する。

1  同一の1の事実中、本件各手形がいずれも受取人、振出日各欄白地のまま振出されたこと、同2の事実中、寺内修が被告主張の共同住宅二棟を吉川孝四郎に売却したことはいずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、抗弁一の1、2のその余の事実および3の事実を認めることができる。証人寺内の証言中には、本件各手形は被告から寺内修に対し振出された融通手形で本件共同住宅買受代金支払のために振出されたものでない旨右認定に反する供述部分があるが、右は前顕採用の各資料に照らしたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。

2(一)  抗弁二の1の事実中、本件(1)(2)の各手形を割引くに当り平銀成が寺内に対し岩崎広二の保証裏書を求めたこと、寺内が本件各手形のほか金額合計四五〇万円の約束手形の割引を平銀成に依頼したことはいずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、抗弁二の1のその余の事実および2の事実を認めることができる。原告は、本件各手形を割引いたのは宮本でなく原告である旨主張するが、右主張事実を認めて前記認定を左右するに足る資料はない。

(二)  〈証拠〉によると、平銀成は本件各手形を宮本昭男に譲渡してこれを割引くに当り、(1)(2)の各手形については岩崎広二の白地裏書、(3)の手形については寺内修の白地裏書がいずれも最終裏書であつたところから、自ら裏書をすることなく単にこれらを交付し宮本をしてその割引をさせ、右割引金を受領後これを寺内に交付していたが、その後同人が金員に窮した結果、既に被告に売却しその代金支払のため被告から本件各手形を含む約束手形一九通の振出し交付を受けていた本件共同住宅二棟を更に他に売却して代金を二重に取得しようと考え、平銀成に対し売却の斡旋を求めたところ、同人もその情を知りながら昭和四六年七月末頃吉川孝四郎への売却を斡旋し、同人および寺内らから斡旋料として計約金二〇万円を収得した事実を認めることができる。原告は、平銀成は右売買について買主吉川を寺内に紹介したことがあるにすぎず、その斡旋をしたことはなく、また本件各手形は寺内の言により同人が被告から注文を受けた大阪市東成区中道一丁目所在の建物の建築の請負代金として受取つたものと了解していたもので、本件共同住宅の買受代金支払のため振出されたものであるとは考えてもいなかつた旨主張し、証人平銀成の証言中には右主張事実に副う部分があるが、右は前顕採用の各資料に照らしたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。

(三)  〈証拠〉によると、前記認定のとおり、寺内において被告に対し本件各手形振出の原因関係である本件共同住宅の売買についてその義務を履行することが不能となつたため、宮本は満期に本件各手形を支払場所で呈示してもこれらが不渡となることは必至となつたが、平銀成としては右の事態を招くことは宮本に対する不信行為となるので同人から本件各手形を満期前に受戻すこととし、自己振出の約束手形と交換して本件各手形の返還を受けた事実を認めることができ、右認定に反する資料はない。

(四)  以上認定の各事実によると、本件各手形について平銀成の前者宮本は右各手形取得当時その原因関係である寺内と被告との間の本件共同住宅の売買契約について未だ寺内の債務不履行がなかつたものであるから、被告に対し右各手形について完全な権利を取得し、後日右売買契約について寺内に債務不履行があり被告から右契約を解除されたとしても、右事由の対抗を受けないものということができ、宮本から本件各手形を譲受けた平銀成は右譲受当時既に寺内の債務不履行によつて右売買契約が解除されるであろうことを知つていたとしても、それだけでは平銀成が取得した本件各手形上の権利に消長を来さないものということができる。しかしながら本件においては右と事情を異にし、平銀成は単に前記契約における寺内の債務不履行の事実を知りながら本件各手形を取得したというにとどまらず、右寺内の債務不履行について加功しているものということができるのであるから、平銀成は信義則上被告に対し本件各手形上の権利を行使し得ないものというべきである。

(五)  〈証拠〉によると、本件各手形は平銀成から原告に対し譲渡され、原告がこれらを所持している事実を認めることができるのであるが、一方、〈証拠〉によると、原告は平銀成の長男であり、しかも同人の下にあつてその事業を手伝つており、本件各手形も銀行取立の便宣上原告に譲渡されている事実を認めることができるのであつて、右事実からすると、原告は平銀成から本件各手形の譲渡を受けるに当り、同人について生じた前記事情を知つていたものと認めることができる。

3  してみると、被告は本件各手形につき寺内に対して主張し得べき前記事由を以て平銀成および原告に対抗できるところ、被告は寺内との間の本件共同住宅の売買契約の解除により同人に対し本件各手形上の債務を負わないものであるから、原告に対してもまた右債務を負わないものということができる。よつて本抗弁は理由がある。

三以上被告の抗弁は、理由があるので原告の本訴請求は失当として棄却すべきところ、本件手形判決はこれを認容するものであるから、民訴法四五七条二項により右判決を取消したうえ本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。 (高田政彦)

約束手形目録〈省略〉

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